海苔は腸活に役立つ?日本人の腸だけが持つ「海苔を分解する酵素」と腸内細菌研究の最前線
ヨーグルトや納豆、食物繊維の多い野菜。腸内環境を整える「腸活」に役立つ食品として、さまざまなものが紹介されています。海苔も食物繊維が多い食品として名前が挙がることがありますが、海苔と腸の関係には、ほかの食品にはない興味深い話があります。2010年に科学誌Natureに発表された研究で、日本人の腸内細菌の一部が、海苔に特有の成分を分解する酵素を持っていることがわかったのです。一方で、「海苔を食べれば腸内環境が良くなる」と言い切れるほど、ヒトでの研究は進んでいないのも事実です。この記事では、論文や公的な資料をもとに、海苔の食物繊維の正体、日本人の腸内細菌と海苔の関係、動物や試験管での研究から見えてきたこと、そしてその限界を整理します。
焼き海苔の食物繊維:1枚で約1.1g、その中身は?
文部科学省の日本食品標準成分表(八訂)によると、焼きのりの食物繊維は100gあたり36gです。重さの3分の1以上が食物繊維という計算で、数字だけ見れば非常に多い食品です。ただし、焼き海苔1枚は約3gなので、1枚あたりでは約1.1gになります。1枚で1日の必要量をまかなえるわけではなく、ほかの食品と合わせて少しずつ積み上げる食材と考えるのが現実的です。
海藻の食物繊維は、野菜や穀物の食物繊維とは性質が異なります。食品成分表の解説によると、藻類の食物繊維は寒天質やアルギン酸などの粘り気のある多糖類が多く、分析の際に水溶性と不溶性に分けることが難しいため、成分表には総量だけが示されています。インターネット上では「海苔は水溶性と不溶性の食物繊維がバランスよく含まれる」という説明も見かけますが、公的な成分表ではその内訳は示されていないことは知っておきたい点です。
海苔の食物繊維の特徴的な成分がポルフィランです。ポルフィランは、海苔の仲間(アマノリ類)などの紅藻に含まれる、硫酸基の付いたガラクタンと呼ばれる多糖類です。寒天の主成分であるアガロースとよく似た構造を持ち、天然のポルフィランは両者が混ざり合った複雑な形をしています。ヒトはこのポルフィランを自分の消化酵素で分解することができません。そこで重要になるのが、腸に住む細菌の存在です。
日本人の腸だけが持っていた「海苔を分解する酵素」
ヒトが消化できない食物繊維も、大腸に住む腸内細菌が分解(発酵)し、その過程で短鎖脂肪酸などの物質が作られます。女子栄養大学の研究者による解説によると、近年はこうした腸内細菌による分解と、その代謝産物が健康に与える影響の研究が進んでいます。
海苔について大きな発見をもたらしたのが、フランスのロスコフ海洋生物学研究所のHehemann博士らが2010年にNature誌に発表した研究です。研究チームは、ポルフィランを分解する酵素「ポルフィラナーゼ」の遺伝子を、日本人の腸内に住むバクテロイデス・プレベイウス(Bacteroides plebeius)という細菌から見つけました。一方、北米の人々の腸内細菌のデータからは、この遺伝子は見つかりませんでした。つまり、日本人の腸には海苔の成分を分解できる細菌がいるのに対し、北米の人々にはそれがいない可能性が示されたのです。
なぜ日本人だけがこの酵素を持っているのでしょうか。研究チームは、海で暮らす細菌が持っていた酵素の遺伝子が、何らかの形で日本人の腸内細菌に移ったと考えました。その背景として挙げられているのが、日本人が伝統的に、加熱殺菌していない海藻を食べてきたことです。解説を書いた女子栄養大学の研究者も、海苔は海から採った海藻を煮沸せずに乾燥させるだけなので、海の細菌を摂取する機会は多いと思われると述べています。長い海苔食の歴史が、日本人の腸内細菌の性質にまで影響を与えてきたのかもしれません。
この仕組みは、その後さらに詳しく調べられています。2022年にNature Chemical Biology誌に掲載された研究では、ポルフィランを分解するバクテロイデス・プレベイウスと、寒天の成分を分解するバクテロイデス・ユニフォルミスという2種類の腸内細菌が、それぞれの酵素を使って天然のポルフィランを段階的に分解していく仕組みが明らかにされました。海苔の複雑な多糖類は、複数の腸内細菌の働きによって少しずつ分解されていくのです。
腸内細菌への影響:動物と試験管の研究から見えてきたこと
では、海苔を食べると腸内環境はどう変わるのでしょうか。1995年に日本水産学会誌に掲載された研究では、ラットにスサビノリを加えた餌を与えると、大腸の手前にある盲腸で善玉菌とされるビフィズス菌の割合が増え、腸内が酸性に傾くなど、腸内環境の改善が見られたと報告されています。
興味深いのは、同じ研究で海苔の成分を分けて調べた結果です。海苔から取り出したキシラン・マンナンという多糖類はビフィズス菌を増やした一方、ポルフィランを1.0%加えた餌では、ビフィズス菌を含む腸内細菌の総数がかえって減りました。研究者は、海苔の食物繊維は成分ごとに異なる働きを持つこと、摂取量についての研究が必要であること、そしてラットの結果をヒトに当てはめるにはヒトでの研究が必要であることを指摘しています。
より新しい研究もあります。2025年に慶應義塾大学のグループが発表した論文では、色落ちして商品価値を失った海苔から取り出したポルフィランをマウスに与えたところ、肥満や糖尿病、脂肪肝、肝臓がんの発症が抑えられました。腸内細菌の変化を通じて二次胆汁酸が減り、血中のセラミドが大きく減少したことが関係していると考えられています。研究グループは、廃棄される色落ち海苔の活用は環境面の持続可能性にもつながるとして、ヒトへの応用研究を進めるべきだとしています。
また、2025年にスペインの研究グループが食品化学の学術誌Food Chemistryに発表した研究では、ヒトの便を使って大腸の環境を試験管内で再現するモデルに、海苔の仲間を含む3種類の紅藻を加えて発酵させました。その結果、短鎖脂肪酸が増え、アッカーマンシア・ムシニフィラやビフィズス菌の一種など、健康との関わりが注目されている菌が増える変化が見られ、研究者は紅藻にプレバイオティクス(善玉菌のえさ)としての効果があると結論づけています。
海苔の食物繊維は、ほかの食品と合わせて少しずつ積み上げる食材
研究結果をどう読むか:ヒトでの証拠はまだ少ない
ここまでの研究はどれも興味深いものですが、そのまま「海苔を食べれば腸内環境が良くなる」と結論づけることはできません。理由は3つあります。
1つ目は、多くが動物実験や試験管内の研究だということです。ラットやマウスの腸内細菌はヒトとは異なり、試験管内のモデルも、実際の人体の複雑な環境を完全に再現できるわけではありません。2つ目は、量の問題です。動物実験では餌の数%という大量の成分を与えることが多く、1日に数枚の海苔を食べるヒトの食生活とは条件が大きく異なります。1995年の研究で、ポルフィランの量によってはかえってビフィズス菌が減ったことも、量を考える大切さを示しています。
3つ目は、人によって腸内細菌が異なることです。女子栄養大学の研究者の解説では、海藻の食物繊維について効果があるという報告と効果がないという報告が混在しており、食習慣によって腸内細菌の分解能力が異なることが、研究結果の違いに影響している可能性があると指摘しています。海苔を分解する細菌を持つ人と持たない人では、同じ海苔を食べても腸の中で起きることが違うかもしれないのです。
つまり現時点では、海苔の成分が腸内細菌と深く関わっていることは科学的に裏付けられつつあるものの、ヒトが日常的に海苔を食べたときに腸内環境がどう変わるかは、まだはっきりしていない段階です。「腸活にいい」という言葉だけを信じるのではなく、研究の現在地を知ったうえで、海苔を食生活に取り入れることが大切です。
腸内環境を意識した海苔の取り入れ方
研究がまだ途上だとしても、海苔が食物繊維を含み、日本人の腸内細菌と深い縁を持つ食品であることは確かです。腸内環境を意識するなら、次のような取り入れ方が現実的です。
- 毎日少しずつ:1日1〜2枚を、朝食のご飯やみそ汁、おにぎりなどに組み込む
- いろいろな食物繊維と組み合わせる:海苔だけに頼らず、野菜、豆類、きのこ、海藻類などさまざまな食品からとる
- 発酵食品と一緒に:納豆ご飯に海苔をのせる、みそ汁に海苔を入れるなど、発酵食品と組み合わせる
- 味付けのない焼き海苔を基本に:味付け海苔は食塩相当量が焼き海苔の3倍以上あるため、毎日食べるなら焼き海苔がおすすめ
女子栄養大学の研究者の解説では、腸内細菌の構成を変える方法として、菌そのものをとる「プロバイオティクス」と、腸内の菌のえさになるオリゴ糖や食物繊維をとる「プレバイオティクス」の2つが紹介されています。納豆やヨーグルト、みそなどの発酵食品と、海苔を含む食物繊維の多い食品を組み合わせることは、この両方の考え方に沿った食べ方です。
海苔は薬でもサプリメントでもなく、毎日の食卓で無理なく続けられる食品です。日本人が長い歴史の中で食べ続けてきた海苔が、腸内細菌の性質にまで影響を与えてきた可能性があるという発見は、海苔という食材の奥深さを教えてくれます。今後のヒトでの研究の進展にも注目していきたいところです。
この記事のまとめ
焼き海苔の食物繊維は100gあたり36g、1枚(約3g)では約1.1gで、その特徴的な成分が紅藻特有の多糖類ポルフィランです。2010年のNature誌の研究で、日本人の腸内細菌がポルフィランを分解する酵素を持ち、北米の人々には見られないことがわかりました。非加熱の海藻を食べてきた食習慣が背景にあると考えられています。ラットやマウス、試験管内の研究では腸内細菌や代謝の改善を示す結果がある一方、ポルフィランの量によってはビフィズス菌が減った報告もあり、ヒトでの効果はまだはっきりしていません。海苔は毎日少しずつ、発酵食品やほかの食物繊維と組み合わせて取り入れるのが現実的です。