ヨーロッパの海苔ブームは本当か?EU2.6万人調査とウェールズの伝統食「ラーバーブレッド」
「ヨーロッパで海苔がブーム」という話を耳にすることがあります。たしかに、ロンドンやパリでは寿司店やおにぎり店が珍しくなくなり、スーパーには海苔のスナックが並ぶようになりました。しかし、ヨーロッパの人々は本当に海苔を日常的に食べるようになったのでしょうか。実は、欧州委員会が2024年に行った大規模な調査では、少し違った実態が見えてきます。そしてもうひとつ意外なことに、ヨーロッパには日本とは別に、何百年も前から海苔を食べてきた地域があります。この記事では、EUの公式調査、日本の農林水産省の資料、学術論文をもとに、ヨーロッパの海苔事情の「いま」と、知られざる海苔の伝統を紹介します。
欧州で海藻はまだ「ニッチ」:EU2.6万人調査が示す実態
日本貿易振興機構(JETRO)の報告によると、欧州委員会は2024年9〜10月、EU27か国の約2万6,510人を対象に、水産物の消費に関する世論調査(ユーロバロメーター)を実施しました。2016年に始まったこの調査で、今回初めて海藻・藻類製品の消費に関する質問が加えられています。
結果は、「ブーム」という言葉から想像するものとは少し違いました。海藻・藻類を食べる頻度について、48%が「月に1回未満」、27%が「食べたことがない」と答えたのです。つまり、EUの4人に3人は、海藻をほとんど、あるいはまったく食べていないことになります。JETROも、海藻・藻類はEUではまだなじみの薄い食品だとまとめています。
一方で、食べたことがある人の印象は好意的でした。食べる理由(複数回答)としては、「味」が47%で最も多く、次いで「健康効果」が35%でした。欧州委員会は、海藻・藻類はニッチな食品だが、健康的で持続可能な食品と認識されており、海藻を食生活に取り入れている割合が高い15〜24歳の若い世代や都市の住民を主な対象とすることで、市場が成長する可能性があると分析しています。「ブーム」というよりは、若者と都市部から少しずつ広がり始めている段階と見るのが実態に近いでしょう。
この調査からは、水産物全体を取り巻く厳しさも見えてきます。水産物を自宅で週1回以上食べる人は29%で、前回の2021年調査から4ポイント減りました。物価の上昇を背景に、49%の人が価格が上がれば水産物ではなく肉などほかのたんぱく源に切り替えると答えています。一方で、54%は持続可能な方法で漁獲・養殖された製品を選びたいと回答しており、環境への関心の高さもうかがえます。海藻が「健康的で持続可能な食品」として注目されるのは、こうした意識の変化とも重なっています。
食べ方の1位は寿司:欧州で海苔が広がる入り口
では、ヨーロッパの人々は海藻をどのように食べているのでしょうか。同じ調査で海藻・藻類の食べ方(複数回答)を尋ねたところ、最も多かったのは寿司などの巻き物で41%でした。続いてサラダが20%、サプリメントとスナック類がそれぞれ18%、製菓などに使われるゼリー状の製品が13%、ダルスフレークなどの調味料が12%、海藻由来の代替卵や代替シーフードが8%となっています。
この結果から、ヨーロッパで海苔が広がる最大の入り口は寿司だとわかります。日本応用藻類学会誌の論文は、2013年12月の和食のユネスコ無形文化遺産登録や、海外での健康志向の高まりを受けた日本食ブーム、日本食レストランの世界的な出店拡大が、海苔の消費拡大を後押ししたと指摘しています。寿司の海苔で初めて海藻を口にした人が、スナックや調味料にも手を伸ばしていくという流れが生まれているのです。
この成長市場に積極的に乗り出しているのが韓国です。韓国の毎日経済新聞によると、2024年の韓国からヨーロッパへの海苔輸出額は6,900万ドルと、前年から約40%増えました。ヨーロッパの消費者のあいだでは、海苔は「海藻を使った健康的なスナック」として受け止められているといいます。韓国の大手食品メーカーは、ドイツ・イギリス・フランスに加え、イタリアやスペインなど地中海地域への進出も計画しています。
実はヨーロッパにも海苔の伝統がある:ウェールズの「ラーバーブレッド」
海苔は日本や韓国の食べ物、というイメージがありますが、イギリスのウェールズには、何百年も前から海苔を食べてきた伝統があります。それが「ラーバーブレッド(Laverbread)」です。名前に「ブレッド(パン)」とありますが、パンではなく、海苔を長時間煮込んで作る黒緑色のペーストです。
原料は、英語で「レイヴァー(laver)」と呼ばれるPorphyra umbilicalisという海藻です。日本の板海苔の原料であるスサビノリと同じアマノリの仲間で、紅藻に属します。日本の農林水産省の資料によると、幅20cm、長さ50cmまでの小さな赤紫色の藻類で、葉の厚さが細胞1つ分しかない、海藻としてはユニークな存在です。ウェールズの岩の多い海岸で、潮が引いたときに干上がる潮間帯に生えています。この海藻はウェールズ以外でも、スペインのガリシア州やポルトガルのアゾレス諸島などで食材として利用されています。
ウェールズの政府観光局によると、ラーバーブレッドは18世紀にはすでに食べられており、当初は暮らしに困った沿岸の人々が、ガワー半島やアングルシー島の浜辺で海苔を採り始めたのがきっかけとされています。鉄分、たんぱく質、ヨウ素、ビタミンCを豊富に含むことが知られ、疲れ切った炭鉱労働者に医師がラーバーブレッドを処方したという記録も残っているといいます。今ではオートミールと混ぜて焼き、ベーコンや卵と一緒に伝統的なウェールズ風の朝食として食べるのが定番です。
ウェールズ西部の海岸。ラーバーブレッドの原料となる海苔は、こうした岩の多い海岸で摘み取られる
ラーバーブレッドの作り方と、日本の海苔を救ったウェールズ
ラーバーブレッドは、日本との間でも地理的表示(GI)として相互に保護されている産品です。農林水産省が公示した「ウェルシュ・レイバーブレッド」の基準によると、海苔は一年を通じてウェールズの岩場から手作業で摘み取られ、長さ10cm未満の若い葉は採ってはならないと定められています。摘み取った海苔は飲料水で繰り返し洗って砂や異物を取り除き、塩を加えた水で、98℃を超える温度なら3〜4時間、80℃の低温なら最長9時間かけて煮込まれます。加える塩は最終製品の1%以下で、ほかの材料や添加物は一切加えません。
煮込んだ海苔は、刻んだり裏ごししたりして、なめらかなピューレ状、または粗い食感を残したペースト状に仕上げます。海の塩気と新鮮な磯の香りを残した強い風味が特徴で、ミネラル、特にヨウ素と鉄分が豊富で、カロリーは低いとされています。主に魚市場の屋台や魚屋で量り売りされ、カーディフやスウォンジーの屋内市場は、今も新鮮なラーバーブレッドを買える代表的な場所です。缶詰も作られ、世界中に発送されています。
ウェールズと日本の海苔には、深いつながりがあります。日本の海苔養殖を「運任せ」から安定した産業へと変えたのは、1949年にイギリスの海藻学者ドゥルー女史が、海苔が夏のあいだ貝殻の中で糸状体として過ごしていることを発見したことでした。ウェールズの政府観光局は、この研究が北ウェールズの海岸で行われたものだと紹介しています。ウェールズには毎年4月14日の「ナショナル・ラーバーブレッド・デー」がありますが、奇しくも日本の海苔業界がドゥルー女史をたたえる「ドゥルー祭」も同じ4月14日です。
欧州の海苔市場のこれから:輸入頼みの市場と、日本の出番
ヨーロッパで海苔の需要が伸びる一方、域内での生産はごくわずかです。国連食糧農業機関(FAO)の統計を引いたイギリスの研究によると、ヨーロッパの水生植物の生産量は、天然の採取と養殖を合わせても世界全体の0.1%にも満たず、その多くは天然の海藻の採取です。2018年の統計では、ヨーロッパで採取されたアマノリ類はスペインでの3トンにすぎませんでした。ヨーロッパで消費される寿司用の海苔やスナック海苔の多くは、アジアからの輸入に頼っているのが現状です。
世界の海苔市場そのものは急速に拡大しています。日本応用藻類学会誌の論文によると、世界の海苔の輸出総額は2015年の4.5億ドルから2023年には10億ドルへと2倍以上に伸び、中国、欧米、東南アジアでの消費の拡大がそれを支えています。しかし、その輸出の多くを担うのは韓国で、日本からの輸出は限られています。海外の寿司店で使われる寿司用の海苔も、韓国や中国のメーカーが供給しているケースが少なくありません。
国内の生産量が減り続ける日本にとって、輸出に大きく舵を切るのは簡単ではありません。それでも、若い世代を中心に海藻への関心が高まるヨーロッパでは、品質や産地、伝統的な製法を重視する日本の海苔が評価される余地は十分にあるでしょう。ウェールズの人々が自分たちの海苔を「ウェールズのキャビア」と誇るように、海苔は国や地域の食文化と結びついてこそ、その価値が伝わる食材なのかもしれません。
この記事のまとめ
欧州委員会が2024年にEU27か国の約2万6,500人を対象に行った調査では、海藻を食べる頻度が「月1回未満」が48%、「食べたことがない」が27%で、海藻はまだニッチな食品です。ただし食べたことがある人は味と健康効果を評価しており、若い世代や都市の住民を中心に市場の成長が期待されています。食べ方の1位は寿司などの巻き物(41%)で、韓国からヨーロッパへの海苔輸出も2024年に約4割増えました。一方ウェールズには、アマノリの仲間を煮込んだ伝統食「ラーバーブレッド」があり、日本とGIで相互に保護されています。日本の海苔養殖を変えたドゥルー女史の研究もウェールズとゆかりがあり、海苔は日本とヨーロッパを結ぶ食材でもあります。