海苔で血圧は下がる?特定保健用食品になった「海苔ペプチド」の研究と、焼き海苔の現実
血圧が高めだと健康診断で言われたとき、食事で何かできることはないかと考える人は多いでしょう。実は海苔には、血圧に関わる研究の長い歴史があります。海苔のたんぱく質から作られた「海苔ペプチド」は、ヒトを対象にした試験を経て、「血圧が高めの方に適する」という表示が許可された特定保健用食品(トクホ)の成分にもなりました。では、ふだん食べている焼き海苔にも、同じような効果を期待してよいのでしょうか。この記事では、学術論文や学会誌の資料をもとに、海苔ペプチドが血圧に働く仕組み、ヒトでの試験の結果、そして「海苔ペプチド」と「焼き海苔を食べること」の違いを、わかりやすく整理します。
血圧を上げる仕組みと、それを抑える「ACE阻害」
海苔ペプチドの話の前に、血圧が上がる仕組みのひとつを知っておきましょう。日本補完代替医療学会誌の解説によると、体の中にはレニン・アンジオテンシン系と呼ばれる血圧の調節の仕組みがあります。腎臓から分泌される酵素レニンの働きで「アンジオテンシンⅠ」という物質ができ、これがACE(アンジオテンシン変換酵素)によって「アンジオテンシンⅡ」に変えられます。アンジオテンシンⅡは血管を縮め、体にナトリウムをため込む方向に働くため、血圧を上げる強い作用を持っています。
そこで、ACEの働きを邪魔すれば、アンジオテンシンⅡができにくくなり、血圧の上昇を抑えられると考えられます。実際、高血圧の治療薬にもACEを阻害するタイプのものがあります。そして、食品のたんぱく質を分解してできる小さなペプチド(アミノ酸が数個つながったもの)の中にも、ACEを阻害する働きを持つものがあることが、1980年代から数多く報告されてきました。
同じ解説によると、天然のたんぱく質から得られたACE阻害ペプチドの働きの強さは、いずれも医薬品の10分の1以下です。そのため、体内で血圧を下げる作用を発揮するには数百mg以上が必要とされます。その一方で、効果が穏やかであることは、病気の予防を目的とする食品としてはむしろ安全面で望ましいとも考えられています。トクホで「血圧が高めの方に適する」と表示できる成分には、かつお節やわかめ、ゴマ、乳などに由来するペプチドもあり、海苔由来の「海苔オリゴペプチド」もそのひとつに数えられています。
海苔のたんぱく質から生まれた「海苔ペプチド」
海苔は、乾燥重量の約4割がたんぱく質という、海藻の中でも際立ってたんぱく質の多い食品です。日本藻類学会誌の資料では、海苔が「海の大豆」と呼ばれるほどたんぱく質が多いことが紹介されています。ただし、海苔のたんぱく質は水や塩水に溶けるものが全体の4分の1以下と少なく、取り出すのが難しいため、以前はたんぱく質として利用されてこなかったといいます。
そこで研究者たちは、海苔のたんぱく質を酵素で分解し、ペプチドとして利用する方法を開発しました。海苔を胃の消化酵素であるペプシンで分解して得られたのが、海苔オリゴペプチド(海苔ペプチド)です。この中から、ACEを阻害する働きを持つペプチドとして、IY、MKY、LRY、AKYSY(アルファベットはアミノ酸の種類を示す記号)の4種類が見つかりました。いずれも末端のアミノ酸がチロシン(Y)で、とくに2個と5個のアミノ酸からなるペプチドの活性が高いことがわかっています。
2005年に日本栄養・食糧学会誌に掲載された研究では、高血圧になりやすいラット(SHR)を使ってこの成分を詳しく調べています。海苔の分解物を、ペプチドの部分、ミネラルの部分、食物繊維などの部分に分けてそれぞれ28日間餌に混ぜて与えたところ、収縮期血圧を有意に下げたのはペプチドの部分だけでした。さらに、5個のアミノ酸からなるペプチドAKYSY(ノリペンタペプチド)は、体重1kgあたり0.2mgという少量で血圧を下げ、海苔ペプチド全体の効果の多くはこのAKYSYによるものと考えられました。AKYSYを与えたラットでは、大動脈や肺のACEの働きが低下していたことも確認されています。
海苔そのものの塩分はわずか。汁物やつけだれの塩分のほうが影響は大きい
ヒトでの試験:高血圧の人で血圧が下がった
動物での結果を受けて、ヒトでの試験も行われています。2002年に報告された研究では、高血圧の患者64人(男性36人、女性28人、平均約60歳)と、血圧が正常な29人に、海苔ペプチドを1日1.8gずつ35日間とってもらいました。その結果、高血圧の患者では、血圧が平均で157.9/95.1mmHgから142.3/86.8mmHgへと統計的に有意に下がりました。一方、血圧が正常な人では、有意な低下は見られませんでした。血液検査では、肝機能や腎機能、電解質、血糖などに問題となる変化はなかったと報告されています。
さらに、より厳密な二重盲検試験も行われました。これは、本物の海苔ペプチドとよく似た偽物(プラセボ)を用意し、参加者も医師もどちらを飲んでいるかわからない状態で比べる方法です。製造元の資料によると、軽症から中等症の高血圧の人38人に、海苔ペプチドの顆粒を1日2g(海苔オリゴペプチドとして1.6g)、8週間とってもらったところ、プラセボを飲んだグループに比べて、収縮期・拡張期ともに血圧が有意に下がりました。
こうした試験の結果をもとに、海苔ペプチドを使った製品は、関与成分を「ノリペンタペプチド(AKYSY)」として、「血圧が高めの方に適する食品」という表示が許可された特定保健用食品になりました。日本藻類学会誌の資料によると、海藻のたんぱく質に由来する製品としては、これが最初のものだといいます。ただし同じ資料では、すべての人に効いたわけではなく個人差が大きく、有効だった人の割合は約70%だったとも述べています。
では、焼き海苔を食べれば血圧は下がるのか
ここで大切なのは、海苔ペプチドと、焼き海苔を食べることは同じではないという点です。海苔ペプチドは、海苔のたんぱく質を工場で酵素分解し、有効な成分を取り出して濃縮したものです。試験で使われた量は1日1.6〜1.8gでした。一方、焼き海苔1枚(約3g)に含まれるたんぱく質は全体でも約1.2gで、そのうちどれだけが体内でACEを阻害するペプチドになるのかは分かっていません。
市販の海苔製品を使った試験管内の研究もあります。2021年に北海道大学のグループが発表した研究では、岩のりの一種を主な原料とする市販の海苔製品のたんぱく質を、胃や腸の消化酵素(ペプシンとトリプシン)で順番に分解したところ、ACEを阻害する12種類のペプチドが見つかり、そのうち10種類は新しく見つかったものでした。研究者は、海苔製品を毎日食べることが高血圧の予防によい影響を与える可能性があると述べています。ただしこれは試験管とコンピューターによる解析の結果であり、ヒトが海苔を食べて血圧が下がることを確かめたものではありません。
また、海藻全体に目を向けると、別の種類の研究もあります。国立がん研究センターなどの大規模な追跡研究(JPHC研究)では、海藻をほぼ毎日食べる人は、ほとんど食べない人に比べて心筋梗塞などの虚血性心疾患のリスクが低いという関連が報告されています。研究グループは、海藻に含まれる食物繊維やカリウム、たんぱく質などが関わっている可能性を挙げていますが、これは食習慣と病気の関連を見た観察研究で、血圧を直接下げる効果を示したものではありません。
血圧が気になる人の、海苔との上手な付き合い方
現時点の研究から言えるのは、海苔のたんぱく質には血圧の調節に関わる成分の「もと」が含まれており、それを取り出して濃縮したものには、ヒトで効果が確かめられているということです。一方で、焼き海苔を食べること自体の血圧への効果は、まだ確かめられていません。そのうえで、海苔を日々の食事に取り入れる際には、次のような点を意識するとよいでしょう。
- 味付けのない焼き海苔を選ぶ:焼きのりの食塩相当量は100gあたり1.3g(1枚約0.04g)ですが、味付けのりは4.3gと3倍以上。減塩を意識するなら焼き海苔が基本
- 佃煮や汁物の味付けに注意:海苔そのものより、しょうゆで煮た佃煮やつけだれの塩分のほうが血圧への影響は大きい
- カリウムを含む食品のひとつとして:焼きのりのカリウムは100gあたり2,400mg(1枚約72mg)。野菜や果物、海藻などと組み合わせる
- 薬の代わりにはしない:トクホも医薬品ではなく、治療中の人は自己判断で薬を減らしたりやめたりしない
血圧の管理の基本は、減塩、適度な運動、適正な体重の維持、節酒といった生活習慣の見直しです。海苔は、こうした食生活の中に無理なく取り入れられる、塩分の少ない食品のひとつです。高血圧で治療中の人や、トクホなどの健康食品を取り入れたい人は、薬との飲み合わせも含めて、主治医に相談してから始めてください。
長く食べられてきた身近な海苔から、血圧に働く成分が見つかり、ヒトでの試験を経て食品の機能として認められたことは、食品の科学の興味深い成果のひとつです。ただし、研究の対象が「取り出した成分」なのか「ふだん食べる食品」なのかを見分けることが、健康情報を正しく受け取るための大切なポイントです。
この記事のまとめ
血圧を上げる仕組みのひとつに、ACEという酵素がアンジオテンシンⅡを作る働きがあり、食品由来のペプチドにはこれを阻害するものがあります。海苔のたんぱく質を酵素で分解した「海苔ペプチド」からは、AKYSYなど4種類のACE阻害ペプチドが見つかりました。高血圧の人を対象にした試験では、1日1.8gを35日間とって血圧が157.9/95.1から142.3/86.8mmHgに下がり、二重盲検試験でも効果が確かめられて、特定保健用食品として表示が許可されました。ただし焼き海苔1枚のたんぱく質は約1.2gで、焼き海苔を食べること自体の血圧への効果は確かめられていません。海苔は塩分の少ない焼き海苔を選び、減塩など生活習慣全体の中で取り入れましょう。