海苔ができるまで:カキ殻の中の「種」から板海苔まで、養殖と加工の全工程を解説

おにぎりや寿司に欠かせない板海苔は、そのほとんどが養殖で作られています。しかし、海苔がどのように育ち、どんな工程を経て1枚の四角い板海苔になるのかを知る人は多くありません。実は海苔の養殖は、冬の海で網を張る作業だけではなく、春から夏にかけて陸上の水槽で「種」を育てるところから始まる、ほぼ1年がかりの仕事です。そして、その仕組みが解明されたのは、わずか70年余り前のことでした。この記事では、佐賀県や福岡県の漁連、業界団体の資料をもとに、海苔の不思議な一生と、種づくりから板海苔になるまでの全工程をたどります。
海苔の一生:冬は「葉」、夏は貝殻の中の「糸」
私たちが食べている海苔は、海苔という生き物の一生のうち、秋から冬にかけての姿にすぎません。冬の海で大きく育つ葉っぱのような姿を「葉状体(ようじょうたい)」といい、これを摘み取って板海苔にします。春になると、葉状体は「果胞子(かほうし)」と呼ばれる1番目の種を作り、やがて枯れていきます。
放出された果胞子は、海底の貝殻などに潜り込み、春から夏のあいだ、貝殻の中で糸のような枝を伸ばして成長します。この姿を「糸状体(しじょうたい)」と呼びます。秋が近づくと、糸状体は「殻胞子(かくほうし)」という2番目の種を作ります。水温が下がると殻胞子が貝殻から飛び出し、岩や網に付いて、再び葉状体へと育っていくのです。海苔の業者の解説では、殻胞子が放出されるのは水温がおよそ23℃以下になってからとされています。
つまり海苔は、冬は海中の「葉」として、夏は貝殻の中の「糸」として過ごす、まったく姿の異なる2つの世代を行き来する生き物です。夏のあいだ海苔がどこにいるのかは長く謎で、この謎の解明が海苔養殖を大きく変えることになりました。
「運草」から人工採苗へ:ドゥルー女史と太田扶桑男
海苔の夏の姿がわからなかった時代、海苔の養殖は自然任せでした。寒くなると胞子が付くことだけは経験的に知られていたため、秋に「篊(ひび)」と呼ばれる木の枝や竹を海に立て、胞子が自然に付くのを待っていたのです。胞子の付き具合は年によって大きくばらつき、当たり外れが多かったことから、海苔は「運草(うんぐさ)」と呼ばれていたほどでした。
転機は1949年に訪れます。イギリスの海藻学者ドゥルー女史(キャスリーン・ドゥルー=ベーカー)が、海苔が夏のあいだ貝殻の中で糸状体として過ごしていることを発見したのです。この発見をもとに日本で研究が進み、1953年、熊本県水産試験場鏡分場の太田扶桑男技師が、カキ殻で育てた糸状体から人工的に種を取る「人工採苗」を成功させました。太田技師は特許を取らなかったため、技術は全国に広まり、海苔の生産量は飛躍的に増えました。熊本県八代市には「海苔人工採苗発祥之地」の碑が建ち、ドゥルー女史は「のり業界の恩人」として記念碑でたたえられています。
その後も技術革新は続きます。1964〜65年頃には、芽の付いた網を冷凍庫で保存し、海の状態が安定してから張り出す「冷凍網」の技術が確立しました。また、干潟に支柱を立てる方法に加え、沖合の深い海で網を浮かべて育てる「浮き流し養殖」も開発され、埋め立てで干潟が減る中でも漁場を広げることができました。人工採苗、冷凍網、浮き流し養殖は、現代の海苔養殖を支える3つの柱といわれています。
冷凍網の研究には長い前史があります。大森水産の解説によると、海苔の芽を冷やして保存する研究は昭和12年(1937年)頃にはすでに朝鮮総督府水産試験場で始まっており、そこで研究に加わっていた倉掛武雄氏が戦後に愛知県水産試験場で研究を続け、保存方法を確立しました。倉掛氏は1954年頃から浮き流し養殖の研究にも取り組んでいます。冷凍網は、天候や海況の変動、病気の広がりによる減産を和らげる技術として、現在も全国で使われています。
春〜秋:カキ殻での種づくりと、網への種付け(採苗)
ここからは、佐賀県の資料をもとに1年の工程を追っていきます。養殖は、まず種づくりから始まります。1月から9月にかけて、カキ殻に糸状体を潜り込ませ、陸上の水槽で培養します。カキ殻は糸状体が広がるにつれて黒ずんでいきます。水温を調節しながら種が飛び出す時期を整えるこの作業は、その年の海苔の品質を左右する重要な工程です。
9月になると、海では網を張るための支柱の立て込みが始まります。有明海の佐賀県で行われている支柱式養殖は、潮の満ち引きを利用する方法で、潮が引くと網が一定時間空気中に出る(干出)ことで、海苔が病気にかかりにくく丈夫に育ちます。海苔ジャーナルによると、網1枚は幅1.8m、長さ20mほどで、1区画に8〜10枚の網を張るには55〜66本の支柱が必要になります。残暑の厳しい海上での、かなりの重労働です。一方、水深のある沖合では、網を浮かべて育てる浮き流し式が使われています。
10月頃、水温が下がると、いよいよ採苗(さいびょう)です。30枚ほど重ねた網を海面に張り、その下に糸状体の入ったカキ殻を袋に入れてぶら下げます。潮が満ちて袋に海水が入ると、殻胞子が飛び出して網に付着します。採苗は通常2〜3日で終わります。海ではなく陸上の施設で網に種を付ける「陸上採苗」を行う産地もあります。
一方、九州では海で行う野外採苗が主体です。海苔増殖振興会の現地報告によると、福岡県の有明海では100%が野外採苗で、県内一斉に行われます。カキ殻糸状体を付けた網を24枚重ねて支柱に張り込み、網に芽が付いたことを確認してからカキ殻を外します。採苗の時期がずれると漁期全体に影響するため、水温の動きを見極めて日程が決められます。
網に付いた海苔の芽は、1か月ほどで摘み取れる大きさに育つ
秋〜春:育苗・冷凍網・摘み取り
種が付いた網は、重ねたまま海で育てられます。これが育苗(いくびょう)です。網を空気中に出して乾燥させることで、健全な芽を残し、海苔の成長を妨げる珪藻などを減らします。網に付いた汚れを海水で洗い流す「網洗い」も欠かせません。芽の成長に合わせて、重ねていた網を少しずつ広げていきます。
芽が3〜5cmほどに伸びると、網の半分を引き上げ、陸上で半乾燥させてからビニール袋に密封し、マイナス20〜25℃の冷凍庫で保存します。これが冷凍網です。海に残した網はそのまま秋芽網として育て、数回摘み取ったあと一斉に撤去します。その後、保存していた冷凍網を張り出して、年明けからの生産を続けます。秋芽網と冷凍網の2回に分けて収穫するこの方法を「二期作」といいます。冷凍網には、病気などで秋芽網がだめになったときの予備としての役割もあります。
網の海苔が15cm前後まで育つと、摘採(てきさい)、つまり摘み取りです。佐賀県の資料によると、1回の摘採で網1枚から板海苔300〜500枚分の海苔がとれます。摘み取っても根元から再び伸びるため、7〜10日おきに繰り返し収穫でき、通常、秋芽網では2〜4回、冷凍網では5〜8回ほど摘み取ります。かつては手作業でしたが、現在は網の下に船をもぐらせて刈り取る摘採船など、機械化が進んでいます。海苔増殖振興会によると、採苗から最初の摘み取りまではおよそ30日です。
摘み取りから板海苔へ:機械化された加工の工程
摘み取った生の海苔は、鮮度が落ちないよう冷やしながら生産者の作業場に運ばれ、その日のうちに加工されます。業者の解説によると、乾海苔ができるまでの工程は次のとおりです。
| 工程 | 内容 |
|---|---|
| ①摘採 | 網から海苔を摘み取る |
| ②異物除去 | 付着した雑藻などを取り除き、海水でよく洗う |
| ③細断・洗浄 | 4〜6mmほどに細かく刻む |
| ④調合・抄製 | 水に溶かして濃度を整え、すだれの上の枠に流して紙すきのように板状にする |
| ⑤脱水 | 余分な水分を切る |
| ⑥乾燥 | 乾燥機で水分を飛ばす |
| ⑦剥離 | 乾いた海苔をすだれからはがす |
| ⑧選別・結束 | 品質をそろえ、100枚単位の束にまとめる |
出典:中野海苔「海苔の生産工程」、福岡県漁連 資料館「海苔養殖」をもとに作成。
現在は②から⑦までの工程を全自動の乾海苔製造機が連続して処理し、数時間で乾海苔ができあがります。海苔をすく際には、100枚につきおよそ100リットルの淡水を使うとされています。できあがった乾海苔は、10枚で1帖、100枚で1束にまとめて箱詰めされ、漁協の検査場で等級の格付けを受けたあと、入札会を通じて海苔問屋や商社へと渡っていきます。私たちが店で買う焼き海苔は、この乾海苔を問屋や加工業者が焼き上げたものです。
業者の解説では、乾海苔に含まれる塩分は1%前後がよいとされ、すく際に淡水を使うのはこの塩分を調整するためでもあります。また同じ解説は、乾海苔の製造には人工着色やつや出し剤などの添加は認められていないとしています。板海苔の黒い色やつやは、海で育つあいだに海苔自身が作り出したものです。原藻が海の中で持っていた特質をできるだけそのまま乾海苔にすることが、加工で最も大切にされている点です。
カキ殻の中の小さな糸から始まり、冬の海での数か月の育成、夜明け前からの摘み取りと加工を経て、ようやく1枚の板海苔が生まれます。1枚の海苔の向こうには、海苔の一生を解き明かした研究者と、ほぼ1年をかけて海と向き合う生産者の仕事があるのです。
この記事のまとめ
海苔は、冬は海中の葉状体、夏は貝殻の中の糸状体として過ごす生き物です。1949年にドゥルー女史が糸状体を発見し、1953年に熊本県の太田扶桑男技師が人工採苗に成功したことで、自然任せだった海苔養殖は安定した産業になりました。養殖は1〜9月のカキ殻での種づくりに始まり、9月の支柱立て、10月頃の採苗、育苗を経て、秋芽網と冷凍網の二期作で7〜10日おきに摘み取ります。摘み取った海苔は全自動の製造機で刻み、すき、乾燥され、数時間で乾海苔になります。人工採苗・冷凍網・浮き流し養殖という3つの技術革新が、現在の海苔生産を支えています。